ときめきの番外編
(額はイメージです)
【燃える想い】
大雨の後、空は火焔の如く燃えさかった。
5月4日 午後7時 忍野村二十曲峠
 午後に天が割れたかと思える様な大雨が1時間続いた。
そして夕刻が近付くにつれて雲が厚く広がり、富士山は姿を見せる気配すらなかった。

 午後5時半頃、雲が横に流れ始め夕焼けの前兆が始まった。
私は必ず姿を現わすという確信を持って峠の斜面に立った。

 6時過ぎに日は沈んだ。空は明るいが未だ山の姿は無く、雲だけが縞模様になって動いている。やがて山の近くの光が金になった。

 「来るぞ!」
 突然、バーンと音が聞こえる様に全ての雲に色が入った。
光は下から放射状に伸びて行く。雲が躍動を始めた。残照を受けながら急速に紅や紫の色が天空に満ちていく。これから主役が出現する予告の様に。

 その流れの瞬間に垣間見せる富士を撮りまくった。山頂の雪も見える。私の体は空と競う様に紅に染まった。この日、夕焼けは二焼け、三焼けと続き8時を過ぎても天空には縞の雲と微かな紅色が残っていた。

 富士山に憧れて会社員時代から私のときめきの富士への旅は始まった。この作品もその一つだ。そして通い詰めるうちに一つのヒントを得た。

 それは天気の変り目にのみ出逢う事が可能なシーンがある事。気象の変化と同調する様に動き、最適の時間に的確な位置に立つ事だ。

 プロに成る前のあの頃、色んな事を多くの方に教えて頂いた。教えてくれた人達は趣味ながら写真では名人、達人の域に達している人達。その人達はこの道で生きて行く事は難しいとされて、仕事にする道を選ばなかった。

 私は無謀にも全部捨てて一歩前に踏み出した。
 始めはお手並み拝見の目で見ていた人達も、今ではもう皆応援団だ。受けた恩は本人には返せない。だから頂いた教えと励ましを背に受けて、ときめきの富士の作品を世に出し続けて行くのが私の恩返しだ。

 好きな事を仕事に出来た事への感謝、多くの方に喜んで頂く世界に私は行こう。その新鮮な気持は今も私の胸に熱く、【燃える想い】となっている。

【明日への翼】
一羽、二羽、三羽と富士に向かって
4月 夜明け 精進湖
 一番小さな湖、精進湖には見えない筋目が空にある。西隣へ数kmの本栖湖とは雲の湧き方が異なるのだ。夜明け前後には真西の朝霧高原に湧いた雲と本栖湖の雲が混ざって、隣同士の湖でも全く違う光景に逢う事が出来る。

 未明にこの空の筋目の雲を観て、何処に移動するかを判断する。今朝は精進湖に腰を据えた。峰にまとわりついた雲は本栖湖の方角へ流れて行った。

 曇ってきた。湿った空気が寒気になってもう直ぐ富士は姿を隠す。天気の変わり目が近い。刻々と変わって行く一瞬にこそ宝物が隠されている。わくわくしてきた。

 その刹那、雲は鳥になった。白鳥だ! 1羽、2羽、3羽、何羽も行くぞ。次から次へと湧いては飛んで行く。

 手前の黒いのは大室山。夜明けの瞬間には滅多に見えないが、富士山と一緒に写ると別名『子抱き富士』と呼ばれる。という事はこの雲はコウノトリかも知れない。

 翼を広げた雲が山に向かって飛んで行く。まだ顔を出さない朝陽が頂上の一角に光を当てた。

【雪の宝石箱】
3つ目の冬、やっと会えた。
1月11日 午前5時30分 富士吉田市新倉山
 この街を宝石の様に写してみたいと思い、全ての条件が揃う日を待ち続けて3年目になった。いつも2つまでは揃う。しかし肝心の3つめは大雪の後の朝しかない。

  8日の夜に関東は大雪になり道路は麻痺状態となった。富士山の撮影には行けない。9日、都市の機能は徐々に回復し10日には富士山麓まで行ける様になった。苦労して新倉山に登った。
明日の朝は満月だ。夜7時頃から順々に夜景を撮り始めた。

 今年こそ条件が揃う!。それは「屋根の雪と富士の白雪」を「夜明けの瞬間」に「満月の光」が照らす幻想的な宝石箱だ。
屋根の雪だけがいつも揃わなかったが、満月と大雪が重なった今年こそ、そのシーンに会える予感があった。

 この町は夜景が美しい。特に冬は街灯りが冴え富士山も煌めいて観える。午後11時、一旦車中で眠ることにした。勿論エンジンはかけない。車の中は結構温かいのだ。ヘッドレストを5回叩いて目をつむった。1回が1時間の見当である。サンルーフからは天空に浮かぶ満月が見えた。

  午前4時に目が覚めた。夜明けまでにはまだ2時間半もあるが一番寒いこの時間には起き出して大気の中にいる。いつもならまだ暗闇の世界だが、夜中に私の背後に移った月光と雪明りで街の家々の屋根と富士の白雪が輝きを増してきた。僅かずつ街も山も青白く浮かんで見えて来た。

  街を見下ろすと、早起きの車が動き出したのが分かる。雪道だから車はノロノロ進む。道を曲がる合図の点滅が長くなって、あちこちアクセントをつけてくれた。

 幅広い視界の全てを受け止める。凛として佇む霊峰と、その富士山に抱かれた人々の暮らしが中景にある。時の流れも写っている。私が追い求めている「ときめきの富士」、それは「現代の浮世絵」として人々の心に響く事が出来たら幸せだ。

 気温零下7度。耳が凍える以外は我慢出来る。闇が明けて、夜明け前に宝石が雪明りの街 に輝いている。頂上に面白い雲が湧いて来たぞ。稜線には淡い赤の光が入ってきた。

 今しかない!。遂に見せてくれた!。雪の宝石箱の出現だ。

【山 峡 の 章】
谷のひだに雲海
9月22日午前10時 丸山林道
 今朝、大雲海だった。
高い場所の入り組んだ地形に雲海が湧いて、谷の襞にまで入り込む。その雲海が動いて刻々と消えていく・・・・

  林道のカーブを廻り込んだ時に、かねてからイメージしていたシーンが現実の姿となって飛び込んで来た。

 「あっ、今だ!」。
  道脇に車を停めて崖の先端まで走った。三脚など立てられない。手前の崖の枯木が雲海に重なる一角を選び、愛用のカメラで手持ちで抑えた。 広角が生きる。全ての視界の山や木が重要な添景になる。

 富士山まで数10km離れているのだからそれを描写したい。
シーンの目の前に立っている様な臨場感のある写真になった。
陽が高くなって、雲海が動いている時間の変化が写っている。
次の雲の変化まで伝わってくる。

 シーンの全貌を写し込むには広角レンズがいい。私は滅多に富士山の一部分を切り取ってアップで表現する様な事をしない。
今の目の前に出たシーン、その直前のシーン、そしてその後のシーンまで表現出来るのは広角レンズ以外には無い。

 シーンの目の前に立った時、全ての視界を一切の無駄なく完璧に描写する事、構図の中は微妙で力強い色に満ちて、まるで景色の扉を開けて目の前で見ている様な空気感が伝わる事、そのイメージが出るまで通う事..。

 それこそがときめきの富士だ。それは江戸の昔から人々の心に強烈に残る浮世絵の富士の構図と重なる。私がカメラを使って描くのは現代 の浮世絵である。

 青と白と黒だけだが、流れがあって気持ちの良い写真が出来た。山並みの上に頭を出した遙かな嶺を見ながら、山の手入れをしている暮らしがこの辺りの山村に有る。

【蒼 き 山 嶺】
墨絵の様なグラデーション
9月中旬 午前8時半 丸山林道
 雲海は陽が昇るに連れ薄い靄となり、その靄もカスミとなって徐々に引いて行った。蒼い空と山並みが連なるだけのシンプルな光景が美しい。蒼から白へ、白から蒼へのグラデーションに吸い込まれる。濃淡の有る前景の山々が中景を引き立てている青い墨絵の世界だ。

 夜明前から立ちっぱなしで、太陽の動きと共に変わって行く富士山の表情を視ていると、こんなシーンになった時に初めて何時間も過ぎていた事に気付く。いつもはこの辺りで切り上げて少し仮眠した後、昼までに東京に帰る。

 しかし良いシーンに出逢った朝は心地よく、空振りだった朝はもう一日山に居ようかと空に訊いて、雲の変化が続くは夕景の時間までゆったりと過ごしたりと、楽しくも長い一日が過ぎて行くのである。

【輝きの世界へ】
雲間から射す光、心が描いた幕開けへ
11 月 曙 櫛形林道より
 もうすぐ冬を迎える晩秋の早朝。南アルプスの外れにある山の中。近くの丸山林道で夜明を見た後、深い谷間に沿う様に切り開かれた林道を下った。夜明の雲海は時間の経過と共に上昇して山を隠したから、もう一度朝陽を見たくて走って来た。

 晩秋から冬至に近づくと、富士山の北西に位置するこの林道からは、朝陽が頂上に近い場所から顔を出す様になる。雲で隠れた峰も気温や気流の変化で顔を出すから、その瞬間を林道から受け止めに行くのだ。

 昨夜の新雪が朝陽に映えている。今朝は一段と冷え込んだから雲の表面も大気も充分に赤くなった。雲海は刻々と動いている。目を離せばさっきとは違うシーンになっていたり、山を隠したりの連続だ。

 一帯の雲が赤みを帯び、数本の光柱が天空に奔った。まるで主役の登場を待っていたかの如く、雲はグッと沈み太陽は燦然と姿を現した。峰の向こうの横に流れる金の雲が呼応する様に輝きを増した。

 シーンは新しい世界の幕開けを感じさせる。意識が創る全ての世界。今を最高に生き、来るべき未来へと繋ぐ事がこの世に生を受けた意味だと思う。天空のピラミッドは壮麗なカンタータを謳う。行く手に光が待っている。

【雲 上 輝 峰】
朝日に輝く揺るぎなき存在
12月10日 午前8時 西川林道より
 12月の声を聞くと降雪状況には関係なく、あちこちの林道の閉鎖が始まる。ゲートに錠が架けられ翌年5月の連休前まで車は完全にシャットアウトされる。徒歩で入る事は出来ても何かあったら責任は自分で取らねばならない。

 もっとも私は山岳写真家ではないので、奥山に徒歩で踏み入る事は滅多にないが、今朝は気になっていた。麓で夜中に空を観ていたら厚く覆った雲の間から、時々星が観えていたからだ。

 「雲の上に出よう」。
 かねて調べておいた昔の林道を未明に慎重に車で登った。公道はゲートで閉鎖されても、昔の林道は山村の生活道路の一部でもあるから閉鎖の可能性は少ない。

 未明に昔の林道を走るとドキドキする。雨で斜面が崩れて崖ギリギリまでしか車幅がなかったり、雨水が道をえぐっていたり、杉の木が倒れて通せんぼ状態だったりする事がある。鹿はしょっちゅうたむろしているし、猿もいれば熊もいる。

 「ごめんよ、お邪魔するよ」と声をかけながらゆっくりと進んでいく。20分ほど登って突き当たりに出た。そこは河口湖を一望出来る山の斜面だ。微かに見えた麓の街の灯りは、夜明けが近づくにつれて雲海の中に姿を消した。

 富士は厚い雲の上にいた。昇陽の輝きは少なかった。じっくり待って太陽が雲海の上に至り、視界の全てに光を満たす時にしっかりと受け入れた。

 まるで羽毛布団にくるまった木花開耶姫を観た様だ。でもここまで来た私を待っていてくれた。うねうねと波が沸き立つ様に、新鮮な雲海が動いている。

 朝の元気と至高の輝きを細胞に刻み天界から下山した。

      燦然と雲居に輝く富士の白峰