ときめきの(90-99)作
(額はイメージです)
【時空を超えて】
広大な牧場の夜明け
3月29日 午前6時12分 朝霧高原
 清々しい朝を迎えた。朝霧高原の一帯は牧草地で、富士山の左の稜線が良く見える。春はその稜線のいい場所から光芒が広がるので、夜明け前後はあちこちを走り回る。

 柔らかい光は大きな半円を作ってくれた。朝陽が半分くらい稜線から顔を出す時が最高の一瞬だから、その時を確実に受け止めた。

 その光は稜線に沿って斜めの天空に伸びた。それまで沈んでいた濃い牧草たちは、大きな光に包まれて微かに色をつけた。
辺りは無音。まるでキーンと光の音が聴こえるようだ。

 喜び、始まり、勇気、優しさ、前進、共鳴・・・・様々な言葉に満ちた新しく美しい夜明けのシーンに出会った。

【天の鳳・湖の龍】
雲は鳳になり、湖で龍になった。
3月11日 午前6時22分 山梨県 西湖畔
 夜が明けた。

それまで富士山は雲の中に隠れていたが、朝が来る予感と共に雲を払い上空に押し上げた。


 雲の彩りは最高潮になった。それは濃いオレンジの色。
どんどんと形を変えて動いている。

 やがて空には金の大鳥が到来した。湖には金の龍が潜んだ。対岸の向こうは青木ヶ原樹海。朝の到来と共に深夜眠っていた自然の樹々が目覚め始めた。

 その目覚めの息吹が覆っていた雲を空に押し上げた様だ。清々しく活力に満ちた朝が開けてゆく。

 その通り! 西湖最高!!

【里 の 秋】

11月10日 西湖いやしの里
 今では懐かしい日本の原風景が蘇った。山梨県の西湖は南側を青木が原樹海、北側を御坂山塊、東側は河口湖に繋がる小さな湖の村である。

 かって70年前の大型台風で、山の狭間の村が全て流されて消失した。年を経て21世紀に入り遂にに村は悲願の復活を果たした。

 茅葺き屋根の古民家が11軒、その中は籠作り、藍染、和紙等々古くからの日本の暮らしが再現されている。

 秋の日差しが強い快晴の午後、広大な敷地内の道は秋彩の真っ盛りだった。紅葉もススキも一番色が冴えるのは強烈な逆光に透かされた時だ。

 何処からでも富士山が見える。富士山と共にあったかっての村は今、年中無休で国内外の観光客を迎え入れる人気の地となった。

 総合案内所に[ときめきの富士]のコーナーを作って貰ったら、ポストカードが人気となって沢山の人の手に渡っているらしい。

 時々定期的に訪問して補充し、終わったら午後の写真が撮れるというこれも又一挙両得、実益を兼ねてというありがたい仕事が出来る。富士山もよー来た、よー来たと喜んでいる。

【彩紅の秋】
桜は紅葉に色変わり
11月4日 山梨県富士吉田市富士見孝徳公園
 春は絢爛の桜の名所。
秋は紅葉に色変わりする錦秋の地。
富士北麓の人たちの安らぎの地は小高い丘の上にある。

 石段と小さな祠があり、中段から上に行くと心ときめく。

 年々桜の枝が大きくなるから、隙間から富士山が見える角度は或る一点しかない。もう限界に近い。

 例え見えても頂上に雪がなければ絵にならないから、秋は空と峰と紅葉が調和する時にここに立つ事を意識している。

 この写真が出来る数年前、同じ場所から全く同じ構図で、春の桜と富士山の調和した光景の写真も出来た。作品名は【彩香の春】。いずれ発表する予定だ。

 この日は富士山からのご褒美を戴いた感がある。

【新たなる世界】
希望の光輝く
2月21日 午前6時57分 田貫湖より
 私は予てから言っている。富士山頂に登山しなくとも富士山とご来光は毎日平地から両方一緒に見る事が出来ると。

 それは富士山の西側にいて東から昇る朝陽を見ればいい。富士山に登って、八合目から更に頂上を目指して、雲海の上のご来光を見るのは爽快かもしれないが余りお勧めしない。

 第一、ご来光は見えても足元の富士山が見えない。登ってからやっとその事に気づく人が多い。そして〔人ゴミ〕の多さで環境が荒れる。富士山がとても苦しんでいる。

 一年を通して私は富士山と朝陽を観てきた。それは殆どが西から東を観る事。つまり逆光の中で劇的な情景を観てきた事だ。

 田貫湖は4月下旬と8月下旬のダイヤモンド富士で超有名だ。
私の〔いのち無限〕が一役買った。しかし、その時期を過ぎると人が激減する。勿体ないなあといつも思う。

 この朝も私一人。そんな時、時々コノハナサクヤヒメは貴重な光景を私に見せてくれる。それは恋人と過ごす二人だけの時間に似ている。

 低い雲海が右から流れてきた。やがて広がって山に絡むだろう。
その時に向こうの雲越しに朝陽が昇り始めた。その光は燦然と空に放射され、正に旭光と呼ぶにふさわしい希望に満ちていた。

 今まで隠されていたものが白日の下に晒される時代に入った。
揺るがずその道を進む者にとっては、続けてきた事が天に通じ、実を結ぶ時に至る。そうでない者はこの光に耐えられない。

 がんばろう日本。 希望に輝く初めての朝が来た。

【光の煌き】

2017年12月3日 午前6時14分 信州高ボッチ高原より
 晴天の翌朝よりも、天気がスッキリしない時の冷え込む朝は何かが起きる。空一面がグレーの雲に覆われていても陽が昇るまではそこを動かず待っている。

 この地では常に左から昇る太陽が、自身が持つ無限の光のエネルギーで雲を横に切り裂く。全ての自然の生きとし生けるものはその光には逆らえない。

 やがて光は空の幅を広げてくれる。雲たちは喜んで道を開け、朝陽の色で表面が染まってゆく。山間の諏訪の街はこれから起き始める。

 朝の空と呼応する様に人々の営みの光が煌めいている。
左は八ヶ岳から伸びる裾野。右の山は南アルプス赤石連山。
要の場所に富士山という絶妙の配置。毎朝多くの人がいる。

 どれだけ人がいようと出来る写真は異なる。今まで生きて来た想いと動きの蓄積で視覚が変わる。情景はその目を持つ者の前にのみ出現する。皆もいい写真を撮ればいい。

 空が金に輝き、街明りが残っている僅かな時間に待っているのは情景の宝物。全部の光を受け止めて心に染み入る色になって、現代の浮世絵がまた一枚出来た。

【いのち無限】
ダイヤモンド富士の先駆けとなった究極の写真
4月 24日 朝6時 田貫湖より
 この湖から観る富士山と頂上の朝陽の姿をダイヤモンド富士と言う。ダイヤモンド富士という名はここから生まれ、山中湖の夕陽のダイヤモンドも含めて世に広まった。だがダイヤモンド富士はやはり朝陽が望ましい。

 マスコミも含め、世の人の多くが勘違いしているのがダイヤモンド富士の意味。富士山の頂上に太陽がある状態をそう呼んでいるから、そういう状態ならどこからでもダイヤモンド富士という呼び方をされる。

 昔から土地の人達が伝えてきたのは、地上の富士山、湖に映る逆さ富士、上下合わせた形が菱形 =ダイヤモンドとなる。その形があって頂上に太陽が出ればダイヤモンド富士、これが本来の意味だ。

 地球の自転により季節ごとに太陽の出る角度が変わり、この湖は毎年 4月下旬と 8月下旬に朝陽が頂上から顔を出す。ある年の朝とても眩しかった。プリントの仕上りを観て息を飲んだ。美しい菱形、頂上と湖面の朝陽、水平線にも3つ目の光がある。究極のダイヤモンド富士が出現した。

 やがてこの写真は人に知られるようになり、多くの人の所に届くようになった。人々の信じる心、志に共鳴して光輪の輝きが増す。全ては心が決める。実を結び花が咲く、心に灯を灯し大いなる感謝と調和の世界に至る。全ては実現に満ちている。