ときめきの(80-89)作
(額はイメージです)
【海・始まりの朝】
海からの富士、始まりの決意と祝福
1 月 16 日 午前 7時 横須賀市秋谷より
 三浦半島の西海岸から海越しの大きい富士山が観える。
冬は毎年何度も東京から1時間かけて逢いに行くが、この半島は温暖で知られているから、中々劇的にはならない。

 いつも穏やかな海と白雪の富士山が待っていてくれる。
夜が明けてからは景色の変化は殆ど無い。だから冷えた朝の岩場に踊る波と、紅富士の共演をイメージしている。

 空振りでもそれを何度も何度も繰り返して逢いに行くと、いつか富士の女神は私だけに秘密の姿を時々見せてくれる。
それがときめきの時。これまでもそうだった。

 実は穏やかで同じ様に観えるが、同じ光景は一つも無い。
それは未明から夜明けにかけて、微かにそして確実に時が移ろってゆく情景の宝物を見つけた時だ。

 ある朝、薄暗い中から色の予感が現実となって現れた。
エメラルドグリーンの空と岩場の淡いピンクの波濤。それまで薄いベールに隠れていた富士山がはっきりと姿を現した。白雪は淡い紅富士となって二つの色と共演した。

 冬本番はこれからだけど、春の声が聴こえてくる様だ。

【 朝 の 光 】
目指すべき理想の世界
1月24日 早朝 みさか道より
 富士河口湖町から山間の道を通り、甲府市に抜ける道がある。
一帯は御坂山系で昔から交通の要衝だった。カーブの連なる道を走って行くと視界の広がる場所が有る。そこは橋の上。車がひっきりなしに通るから橋の欄干に三脚を立てている時は背中の左右に注意を怠らない。

 通行する車の邪魔にならない事、振動でカメラにブレが伝わらない様に車の途絶えた時を狙う事だ。谷間から河口湖まで家々が連なる。浮世絵の情感が現代に甦った感が有るから、ここから観る富士山の姿はとても魅力的だ。そしてやはり季節の彩りが際立つ時にここに立ちたい。

 待望の雪が降った。暗い未明の内から立ち、やがて山裾と里山に朝陽が入る時間が来た。気温が -7度だから今朝は紅富士にはならなかった。それでいい。光が谷間に届くのは紅富士の時間帯より遅いから、イメージは里の雪景色を彩る光を捕える事だ。

 山裾に見える河口湖、富士吉田の町並みも少し見える。眠っていた街に光が届いた。新しい日が始まる。人々が動き出す。街並をマゼンタの光が彩り始めた。凛としたエネルギーが立ち上がる。
この朝は久しぶりのたっぷりの雪で視界に入る一面が極めて美しかった。

 心が落ち着く。こんな凛とした富士山がある世界。いつか来る自然と共生する理想の世界。

【 光 輝 】
燦然たる光 輪が広がってゆく
1月15日 午前7時24分 本栖湖
 オーストラリアのシドニーからお客様がやって来た。
日本の男性で数年前に一家で移住された。久しぶりの帰郷だし、富士山を直に見た事がないとおっしゃるので、ならば富士山麓で2日間を皆で過ごしましょうと意見が一致して、2013年1月14日の朝、五反田のサロンで合流し私の運転で総勢6人で出発した。

 それは劇的な運命の日になった。あの記録的積雪で東京始め各地で、都市の機能と交通が完全に麻痺した日だ。午前 10時 40分、サロンを離れた時にはまだ何ともない気配だったが、首都高速の目黒ランプに入った途端に中央高速の通行止の表示が出た。

 間一髪、東名高速に進路を変えたが途中から降雪が激しくなって海老名まで歩く様なスピードに落ちた。

 富士山の南の御殿場で降りた。ここから東富士五湖道路を北上し、富士山を右から左へと半周するルートを行く事にしていた。
しかし途中で休憩した道の駅で第二の情報がもたらされた。

 東富士五湖道路は除雪中、開通の見通し立たず。並行する国道も完全に通行止めになった。1時間待った。しかし新たな情報は無し。雪は切れ目無く降っている。奥の手を出した。北上は止め
て一旦南下し、富士南麓を西側の富士宮に向けてガンガンと突っ走った。これ以外に道は無い。

 愛車はマツダのMPV。車は窓に叩き付ける雪の中を確実に走った。カーブでは出来るだけブレーキを使わず、ギヤを一段落とし、少しアクセルを踏んで路面をつかむのは雪道走行の原則だ。

 喜んだのはお客様一行とうちのパートナー。日常ではあり得ない経験の興奮と全幅の信頼を受けて、私と車は一体となり走った。
それは地面を走るというよりは空間を突っ切る体感だった。

 やがて南西の富士宮に入った。予想通り雪は少ない。ここから西富士道路を北上した。しかし山梨県境に入ってからまた激雪が待っていた。道路の側溝や森に縦に刺さっている車まであった。

 愛車は盤石の底力、遂に 8時間後に西湖のホテルに到達出来た。
思えば今日は雪のお陰で富士山麓をほぼ一周した事になる。よくやった。車を褒めてあげた。素晴らしい。ありがとう。

 翌日になって判明したが、東富士五湖道路も国道も遂に開通せず、中央高速全体が通行止めになったという。選択した道以外には無かったのだ。何と言う奇跡。富士山の恵みか。

 翌朝、豪州一家は早起きして撮影について来てくれた。気温は-12度、彼等にすれば温度差が約 50度の世界を体験した事になる。
そこには昨日が嘘の様な快晴が待っていた。美しい日輪が出てくれた。また富士山に試されて、挫けなかったら見せてくれるという学びを頂いた。

 2月には作品がシドニーに渡る。かの地で「ときめきの富士」が輝く事、とても嬉しく感謝無限大だ。

【 天 の 大 河 】

10月上旬 朝 朝霧高原より
 朝の光を受けて躍動する雲をどこで観るか、夜、ベッドに入る前に空を観て風の流れを感じて、雲の間の星のきらめきを確認して、気温を感じてから目を閉じる。

 この時期に目を覚ますのは午前3時半頃、山のアトリエから最大でも 90分で行ける所を幾つか想定して、最も彩りが冴える場所をイメージする。そして目が覚めた時に車で向かう方角が決まる。

 今朝は朝霧高原に向かった。山のアトリエから40分だ。富士山頂に雪が無いから逆光で空を観るのがいい。雨上がりの雲が空に広がってゆっくりと動いていた。

 通常、雲は朝陽が出る頃に殆ど消えてしまう。そうすると何気ない夜明の景色になってしまう。太陽は富士の後ろに在る。夜明の空は赤くならなかった。ならば楽しみは次の時間帯だ。

 幸運だった。雲がそらいっぱい残っていた。上空は気温が低いのだろう。雲はゴツゴツとチームを作りうろこ雲に変化し始めた。
いつも富士山麓全周囲を走っていると、いつかこの場所ならではの劇的なシーンを観ようと閃く時がある。今朝はそのシーンに出逢った。

 山裾から弧を描く様にうろこ雲が流れている。夜明の残光が稜線の雲達を暖色に染めている。青のグラデーションは上空になるほど濃さを増し、朝陽は富士山を中心に一帯を明るく照らす。
シルエットの富士が両手を広げて楽しんでいる。

 夜明前後の写真の醍醐味は3つある。一つは色変化する空の色、一つは日の出の輝き、そしてもう一つは前の2つが終った後の雲の躍動だ。初めて観た空と雲、気持ちが壮大になった素晴らしい朝だった。

【 天地(アメツチ)の光 】
シリウス · プロキオン · ベテルギウス
12 月 15 日 午後 11時 みさか道より
 冬の星座を観ていると心も体も天空に吸い込まれ、星と一体となって宇宙空間に浮いている気持ちになる。富士山の真上の宙に斜めの三ツ星がある。あれがオリオン星団。その斜め下の大きい星がシリウス。

 星は 1時間に 15度動くから、画面の左から富士山の真上に来るまで約 60分かかる。気温は-2℃。丁度飛行機は横切らなかったから助かった。立っているのは河口湖と御坂町を繋ぐ国道の橋の上。
次から次へと車が近づいて通り過ぎる。例え軽自動車やオートバイであってもその時はシャッターは押せない。微かな震動で写真が必ずブレるから。

 車の来ない時間が 1分あれば震動は収まり幸運の時間となって、20秒かかる写真が1枚だけ撮れる。この夜は1時間半ずっと橋の欄干に立ってやっと10数枚の写真が撮れた。気が付いたら午前零時を過ぎていた。

 谷間の町は富士河口湖町の河口地区。ここに大好きな神社が在る。土地の人の崇敬と共に境内にはストーンサークルに囲まれた七本杉の在る河口浅間(あさま)神社。

 厳・密・精緻な空気が漂う。ここに木花咲耶姫が鎮座する。
地上から天を観ている。光の流れは富士へと続く。天の星からもきっとこの光が視えているに違いない。

【 霧の赤富士 】
幻想の赤 極まる
8月6日 午前5時 二合目より
 私の大好きな場所、二合目の林道の奥、雲海の上、少し開けた赤土の台地。林道の入口からは富士山が見えない。道を辿って行き下りに入ってここに到着する時は胸が鳴っている。

 ここまで10分。そして後ろを振り向くと富士山が待っている。
湿気を含んだ空気が充満している時は、さぞかし嶺は鮮血の色に染まってくれたかと期待が高まる。この台地の先に大きな深い谷が在る。熊の親子を目撃した人もいる。

 いつか赤富士の瞬間に、その谷を霧が流れるシーンに逢える! 
そう信じて何年も通ったがいつも霧は山の左裾までしか流れて来なかった。

 その事を忘れて今年の赤富士を見に行く軽い気持ちだった今朝、いきなりこのシーンが出現した。霧はモクモクと湧いて、しかも山頂を隠さずに流れて行く。

 午前五時が近づいた。頂上の上空に出来ていた光の帯は朝日が昇るに連れてシーソーの様に下がり、富士山頂を赤く染め始めた。

 頂上だけでなく中腹まで光よ広がれ! その最高潮は数秒のみ。
霧は流れ続け嶺は染まり、3つのトーンの光景になった。遂に心にイメージしていた理想の赤富士の一つに出逢った。

【ダイヤモンド】
光は輝きを増す 心に響く
10月 8日 午前 6時 45分 朝霧高原麓原より
 富士山の真西の山麓、静岡県の朝霧高原の一角にある東京農大の牧場一帯をふもとっ原という。裾野を右に伸ばした富士山と広い草原に囲まれた気持ちのいい場所だから、キャンプの人もよく集まる(入場料300円)。

 そこに小さな池がある。風が吹かない時は湖は鏡面になり逆さ富士を映す。春と秋には夜明のダイヤモンド富士を観られる数少ない地点として、知る人ぞ知る人気スポットになっている。

 地球の自転と公転の関係で、冬至を中心軸とした前後80日辺りには朝陽が富士山頂から顔を出す。それは 3月と10月の上旬。
夜が明けてから 1時間後のときめき。
 
 この日、反対側の富士吉田にある山のアトリエから向かう途中の空は雲におおわれていた。しかし予感が有った。朝陽の力は頂上を覆った雲を祓う。雲は光の前に道を開けると。

 今朝のダイヤモンド富士の姿は一段と美しかった。王冠が出た。
朝陽の光、燦然と輝いて自身と共鳴する。今、人気が出て、この輝きに響いた人々の手に届き始めた。

【いのち輝くとき】

5月11日 早朝 八ヶ岳山麓
 逢いたい景色の情報は無尽蔵に脳幹に刻んで来た。
一度通った道から見えた富士山の姿、人づてに聴いた未知の景色、文章の記述を読んで湧く想像力·····。

 それを意識した時から季節の変わり、気象の変化を読んで、その場所にときめきの富士が出現するべき最適の日と時間帯をイメージする。そのイメージが完成したら出現は近い。

 後は天に任せて富士山から呼ばれるのを待つのみ。
「明日、あの場所、あの時間!」と閃く時がある。
それが富士山が呼んでいる時だ。イメージした時空間にピンポイントで、景色の出現する1時間前に立つ。

 それは私に与えられた天分だと信じている。そんな事が自然に出来る様に成った背景には、富士山の見える全周囲を季節ごと、時間ごと、気象ごとに探索し続けて体感し細胞に刻み込ませて来た蓄積がある。

 壮大なスケールのこの谷にときめきを感じた。
柔らかな緑のグラデーションが目の前にある。いつもは薄い色の富士山も今朝はくっきり登場してくれた。

 極めて冷え込む厳しい八ヶ岳の冬を経て、命の輝きがコーラスを奏でている。

【天 の 霊 峰】
ここまで来た者に姿を見せた
11月30日 午 前6時 54分 池の茶屋林道
 2015年の秋は集中的に山梨県の富士川町に通った。南アルプスが連なる山々の麓側に在る町で、その名の通り大きな富士川が曲線を描いて滔々と流れている。江戸時代には葛飾北斎も来て浮世絵を描いている。

 棚田や森林だけの変わらない環境が日本の原風景となり、空気が澄んで空が大きいから行く度に心身爽快になる。新雪の後は出来るだけここから様々な富士山の姿を観たいと思った。

 今朝は前日までと違い、気圧が変わって雲が厚いと予測していた。厚くても条件が合えば逆光の朝陽が雲を劇的に彩る事がある。
微かな期待を持って夜明前に高度1,200mの櫛形山林道にいた。

 秋口には数年に一度、空全体が朝焼けに染まる事がある有名な所。だが今朝ここでは雲が富士山を隠していた。夜明けが近づくが顔を出してくれる気配がない。姫様は未だお休みのご様子だ。

 よし、上に行こう。雲海の上に出よう! この林道で富士山が姿を見せるまで待つより僅かな可能性に向かってみよう。分岐点まで戻り丸山林道を駆け上がった。これは賭けに近い。

 林道の終点の池の茶屋林道まで車で20分。走る間は左に位置する富士山は山に隠れて殆ど見えない。しかも厚い雲が覆っているから気配を感じるのも難しい。着いた時に見えたらラッキーというだけだから。

 高度1,600mの目的地に着いた。雲の上に出た。予感は当たった。
嶺の頭が観える。陽は既に昇り富士山の上に来ていた。ドラマはここから始まった。三脚を立てて間もなく、上空の雲が薄くなり朝陽が金色に輝いた。

 それは数分間。一面の灰色の雲がそこだけ明るくなった。その間に太陽は刻々と昇り位置と雲の彩りを変えるから撮りまくった。
幾つかの移り行く光の彩りの写真が出来た。

 これはその中の代表選手。紺青の富士、金の空、モクモクと動く雲海。眠りから覚めた姫様がここまで来た私を待っていてくれた。

【ザ・ミルキーウエイ】
星への思い
4月16日 未明 西湖畔より
 春の天気は読みにくい。晴れと言っても春霞の中の晴れだったり、曇りでも時間いよっては雲間から日が差して青空が少しだけ見えたり・・・。だから空のお掃除をしてくれる大雨を待つ。必ず降ってくれる日がある。

 その日が来た。深夜から未明にかけて雨で空が綺麗になった翌日の未明、天の川が富士山の上空をめぐる時、湖から星の煌めきを見ていると自分が宇宙空間に溶け込んでいるのが感じられる。それは至福の時。

 まだベガとアルタイルは天の川から遠く離れている。
あの中に皆の生まれた星がある。だから人は星に想いを寄せる。