ときめきの(50-59)作
(額はイメージです)
【彩 雲 紅 葉】
あ、紅葉の先が彩雲になった!
11月上旬 午前8時 富士河口湖町大石浜より
 河口湖の紅葉は11月に盛りを迎える。時期になると大変な賑わいになるが、どれも似たり寄ったりの写真ばかりで、一つとして私を刺激するものがない。

 朝、強い光の最中に北岸にやって来た。丁度逆光で紅葉が朝陽を透かして真っ赤になっている枝を見つけた。この木は有名な紅葉である。

 個人のお家の駐車場に大きな枝を伸ばしている。私は知り合いで、上のお屋敷に泊めて貰ったりもするので写真の許可は頂いている。庭には入らないし木の根も踏まない。

 普段は無人なのでアマチュアカメラマンが、勝手にそこの石垣によじ登ったり庭に入って撮っているがこれは良くない。
しかし毎年時期になれば道端には車の列、駐車場と庭へは不法侵入が起きている。

 事前に了解を取る人は殆どいない。注意しても出ない人ばかりだから始末が悪い。その弊害が出た。この写真の2週間後、画面に見えている一番上の枝を伸ばしている木が切られた事を知った。人々が根を踏みしめたから枯れた。

 紅葉の先の薄い雲に朝の強烈な斜光が当たり彩雲が出た。
こんな事は想像外だ。お陰で唯一無二の紅葉の作品に成った。

 あの彩雲は、私に最後の輝かしい姿を見せてくれた、
紅葉からの「さよなら」だったんだ。

【里 景 色】
そして赤富士の朝へ
7月17日 午前5時 富士吉田市 農村公園より
 深夜から未明を経て暁へと至り、やがて黎明の曙の頃を過ぎて、 新しき夜明けがやって来た。私の背中から昇る朝陽が、 強烈な直射光を富士山の頂に当てた。

 赤の最高潮は数秒のみ。残雪が<人>の字になっている。手前の森にも光が入った。裾野を伸ばし左右対称、緑と赤のコントラスト、水を張った田んぼに映る赤き逆さ富士。

 美しき夏の里景色、ここに極まる。

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 その40分前、私の目の前には未明の富士山がうっすらと姿を現していた。

 深夜から未明へ。その移ろいの中に、 誰も見た事のない富士山がひっそりと佇んでいる。 ご来光に間に合う様に登ってゆく登山者の灯りが見える。

 その灯りは逆さ富士と共に、 水を張った田んぼに映った。 頂上の土はうっすらと赤みを帯びて来た。 空に一点の雲なし。 やがて暁へと至り。 空に光が入る時が来る。

 その時を黎明という。 私はやがて始まる赤富士の予感を持って、時空間に溶け込んでいる。 ドラマは究極の静寂の後にやって来る。


<山の灯り・・・・未明の田んぼの逆さ富士>
全ては美しい時の流れ。


【時 空 無 境】
宇宙空間に浮いている
4月6日 午前7時30分 山中湖長池
 不思議な朝だった。
春の雪が山に降ったので夜明け前に湖に着いた。ところが夜明の時間を過ぎても富士山が姿を現さない。よくあることだが観えない時は「んーーん、立つ位置を間違ったかな?」と思い知らされる。でもここを離れがたい。

 陽が出てから90分以上も待っていたけれど靄しか見えなかった。では山の神社にお参りに行こうと走り出して暫くしたら湖の靄が動き始めた。即座に目と体が反応した。

 「見えるかも知れんなー。」
と思い直して元の浜に戻ってみた。暫く待ったが出なかった。

 「気のせいか...。」
又走り出して山中湖を後方の視界に入れた時に、光が揺れているのが目に入った。又元の浜に戻った。今度も同じだった。
カンが鈍ったかな?。

 「また次回に来よう」
  走り出して3回目、かなり遠くまで行ったのに何故か心残りがして車を戻した。それでも富士は見えなかった。この間30分、同じ事を3回繰り返した。時間だけがゆっくり過ぎて光が量を増していった。

 「今朝はハラを決めて待ってみよう。呼ばれているから。」
私の真骨頂はこの時に現れた。そして4回目に同じ浜に戻り、カメラをセットした時にいきなりこのシーンが出現した。

 16カットを収めた内の最高の瞬間は1枚のみ、残りは刻々と靄が引いていくシーンの連続だ。ものすごい宝物を掘り当てた実感がある。嬉しい事に天空と湖 (地表 )の間に境目がない。
対岸にある建物も消えた。

 7年前にこのシーンをイメージし、今日逢う事が出来た。
そのシーンは宇宙空間に浮いているときめきの富士だった。
大切な事を受け止める事が出来た、2004年4月6日のメモリアルモーニングである。

【風の流れ】
雲海が引いて行く空気感
10月中旬 朝 山梨県 安倍峠より
 夜明けの時刻には、雲海はまだ手前の山と谷を覆い続けていた。
毎年10月の下旬には絢爛の紅葉に彩られる安倍峠は、私が富士山だけを撮るプロフェッショナルとして生きる事を決意した場所。

 紅葉の状況を知る為に最盛期の10日程前に峠に寄って朝を迎えた。今朝はグレーの雲が視界一面を覆い、朝陽を観る事は出来なかった。こんな時は気長に時の経過を待てば良い。

 山の向こうの朝陽が昇るにつれて気温が上昇するから、雲が蒸発を繰り返し厚かった布団は徐々に剥がされてゆく。やがて雲海の痕跡がなくなる頃に風が出てきた。

 山の襞に入り込んでいた雲海が流されてゆく。大きな谷間が姿を見せ始め、その上に富士山が姿を現した。手前の木は何だろうか。光を受けて輝いている。一部、紅葉も始まったようだ。

 谷間を風が渡り、雲を流してゆく空気感が表現出来たか。

【宇宙大地・秋彩】
歓喜界とはこれか
11月4日 午前6時 乙女高原より
 今、私は絶壁の岩山に立っている。夜が明けた。朝陽は円を描く様に、光を山の中腹と谷に当てて光と陰の世界を創る。新しい朝を迎えた。谷と樹々のいのちが立ち上がる。

 山梨県の北部に位置する山梨市の牧丘町には秩父山系の山塊が伸びている。通称乙女高原と呼ばれる水ヶ森林道を入った所に大きな岩壁がある。一部の人には知られていたが、初夏に「宇宙大地・新緑」を発表して以来、俄然賑わう状態になった。

 下見に来た時は紅葉は盛りを過ぎて散り急いでいた。だが茶色くなった葉も枝も、もう一度命を吹き返して赤く蘇る事が出来るのを、これまで光の変化を体感して来た経験から知っていた。

 色の甦りは唯一、冷えた朝の強烈な最初の旭光の力に依る。
そして数日後にこの岩壁の上に陣取った。絶壁は100mはあろう。完全な垂直だ。一帯では熊も出る。独り、全ては自分に帰す。

 無限宇宙が目の前に有る。歓喜界とはこれか。使うのは広角レンズのみ。足下から遥かな上空まで全部受け止めて絵作りをする。臨場感と風と温度を伝えたいから。

  確信していた通り絶壁の下の枯木は、燃える赤に命を吹き返して最後の輝きを見せてくれた。宇宙大地の息吹に融合した鮮烈な朝の「ときめきの富士」だった。

【天の架け橋】
天と地を繋ぐもの
10月16日 午後5時 山中湖より
 日没前の夕焼けを一焼け、落日の頃を二焼け、残照の頃を三焼けという。運のいい日はこの三景を楽しむ事が出来る。

 この日がそうだった。そして空が光彩の劇場になった。これは焼ける前の空である。山の向こうに太陽が隠れた時に、丁度富士山の中腹から上を斜めに走る様に影の帯が出た。影の先端は私の頭上を跨ぎ空を切り裂いた。

 山の周りの空の色は黄金と紫に変化し、私も大気の中で融合した。もの凄いドラマが目の前で起きている。ずっと下に移った太陽が山の上空に光を当てて、稜線の周りを一段とゴールドに染め空を燃やした。

 無限宇宙、銀河系、太陽系、光、陰、空、大気、地球、大地、草木、生物、そこに住む人間、全ては繋がっている。全ては境目のない一つであり、観えている現象の底には観えない無限の営みが集積されている。

 今見ている光景は自然現象だが、それは人の営みの影響から派生したとも言えるのだ。天と地を繋ぐこの光と陰で創られた架け橋は何を意味しているのだろう。

 私は全ての存在は自然と宇宙の一部である事を教えてくれた気がする。その事に気付けば一人の思いが地球を、ひいては宇宙全体に影響を及ぼす事が出来る事を、富士山を通じて教えて貰った様な気がしてならない。

 このシーンは数分後に劇的に変化を見せた。
第56作【紅炎上】に至るまでのもう一つのメッセージだった。

【紅 炎 上】
前兆だった。地球の息吹が教えてくれた。
10月16日 午後 5時過ぎ  山中湖
  朝から絹を重ねた様な雲が西の空に湧いて風に流れていた。
横に広がったり少しづつ上昇したり. . 。その雲達が気になって富士山の外周を車で走りながら一日空を眺めていた。

 いつもの雲とは違う。何かを伝えに来た様な気がする。午前中の太陽が天空に移るに伴って昼過ぎには青空が広がった。だが絹を重ねた様な妖雲は刻々と形を変えて西の空に残っている。

 夕方はこの湖で壮大な空を観るる事に決めた。秋の日没は5時頃。日没の30分前から夕焼けの空が、夢の様な色に変って行くのを楽しむのだ。

 太陽が山の端に隠れ北半球の向こうに移って行くと、さっきまで天空を照らしていた光は山の近くに湧いている雲に移った。
それに伴い空の色が赤く変ってゆく。

 青からグレイへ、薄紅を交えて紫へ。光が強く当たる所は金色に。そして最高潮の赤へと色が劇的に変化する。これまでに経験した中でも最大の夕焼けだ。

 この情景は朝から出ていた空の中に予兆を秘めていた。朝に観た絹重ねの雲はかなり前からこの日に湧く事が決まっていたのだろう。それが壮大な夕焼けに繋がった。空は大地の脈動を映す。雲は形となって変化を伝えている。この日の夕焼けは自然の営みの中で既に決まっていたのだ。

 今まで世に出してきた「ときめきの富士」を視て思う事がある。そこに写ったのはその時の一瞬。それは急に出た光景ではなく、宇宙と自然の営みの中で、その日、その時間に、そこに出るのが決まっていた事なんだと。

 そして出た情景は次への変化を示しているのだと。この日を忘れない。1週間後の10月23日、新潟中越地震の発生を知った。

【心 象 の 紅】
新しき世界のいざない
2月上旬 午前6時15分 河口湖畔より
 富士山の女神は木花佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)。
神話の中でも一二を争うほどに美しい姫がニニギノミコトの疑いに怒り火の中で子を産んだ。

 生まれた二人の名は海幸彦、山幸彦。産んだ場所を「産屋ヶ岬(うぶやがさき)」という。画面の左の岬。厚い雲が動き始め空に微かな光が入った時に「光は全面に至る!」と確信を持った。

 真北の河口湖から富士山に対峙すると朝陽は東からの斜光になる。朝焼けの時間も当然短くなる。それでも裾野を伸ばしたこの湖から観る富士山が好きだ。その全焼けの一瞬をフィルムに写したかった。

 深夜を過ぎ、未明に至り、暁が来て、曙が始まり、やがて黎明に至る。それを経て夜明けがやって来る。夜明けの直前に出る色は時として息を飲む。

 言わば黎明は新しき夜明けを迎えに行く、貴重な一瞬なのだ。
厳冬の夜明け前、私の眼の前に出た光はピンクだった。薄紅からマゼンタ、そして紫の高貴な色を秘めて目の前に展開した。

 朝の冷えに比例して緩やかに、確実に情熱の色を付けていく。
予感はあった。それは新しい世界の始まりのエネルギーに満ちている。初めての色、木花佐久夜毘売に出逢った朝だ。

 雑誌<壮快>の2007年1月号に<幸運を呼ぶピンクの富士山>として特集された。何かが始まる予感に満ちて、極めて多くの人の心にときめきが生まれたという。全国からご注文を頂き一躍「心象の紅」がステージを駆け上がった。

【女王のアリア】
絢爛たる夜景の極地 「魔笛」のアリアが聞こえる。
11月下旬 午前6時30分 信州高ボッチ高原より
 モーツアルトのオペラ「魔笛」は大好きなオペラだ。
劇中に声の極地とされるアリア「夜の女王」がスタッカートで歌われる。名歌手が喉の奥で珠を転がす様に歌う、その技巧と美しさに陶酔に引き込まれる。

 夜景撮影の度に「夜の女王」のイメージをずっと探していた。
そして初冬の暁の頃、富士山から120km離れた諏訪湖の上でそのシーンを見つけた。

 信州の11月、一晩中小雪が降っていた。夜中にここに着いて車外に出ると骨の髄まで凍える。湖の周囲の明り以外は漆黒の闇だ。
それを乗り越えたご褒美が、得難い光景の出現と決まっているから寒いほど心はときめく。

 未明、目を凝らすと富士山は山並の上にシルエットの姿を現わしていた。空に夜明の色が付き始める直前までが勝負だ。どんな時でもチャンスは1回のみと信じている。私は露出計を使わない。
連写など全くしない。そして極限の刹那の1ショットに再現される全ての色を、明確にイメージ出来ている。

 右の南アルプス赤石連山、左から伸びた八ヶ岳の裾野と里山、里明りを霧が覆い、中央を湖が占めて富士へと続く雲の帯、絢爛豪華、山紫水明の美が夜明を前にして、澄み切った声でアリアを歌っている。

【降臨】
ずっと寝かしておいた写真。今、時を迎えて。 
8月16日 午前6時 山伏峠より
 毎年初夏に、翌年のカレンダーに使う写真の選定をする。
もう10年以上発刊して、根強いファンの方々に支持されて、単なるカレンダーではなく、作品として大切にしてくださる方が殆んどの為、制作はいつにも増して真剣勝負だ。

 しかし、その中からその年にふさわしい表紙の選定というのは極めて厳しい直感力が必要となり、スタッフも交えたその場は緊張感に包まれる。時代の流れや予兆を象徴化した写真が必要だ。

 漸く中のページの6枚と表紙がまとまって、じゃ来年はこれで行くかと決めてから、「待てよ、あの写真があったぞ」と感じて出してきたのがこの降臨だった。

 その瞬間、表紙が覆った。これです! 全員の意見が一致した。
 
 盛夏の朝、山伏峠にいた。
深い山中ではあるが、明朝の天気が良いとなれば沢山の富士山アマチュアが、写真を撮りに登ってくる人気の場所だ。山道は緩やかで麓に車を停めてから50分で峠に至る。

 今朝は朝焼けが出なかったからあれほど沢山いた人達はサーッといなくなった。空が赤くならなければがっかり、まして夏だから山頂に雪がないので、景色に変化がないと思うらしい。現金なものだ。

 私はいつも時の流れを楽しむ。せっかく山梨と静岡県境の峠に来れたのだから下山はもったいない。これで落ち着いて時の変化を楽しめる。強い逆光の日差しをまともに受けながら対峙した。
 
 劇的な光景が連続するのが嬉しかった。山頂上空に湧いて漂った雲は、太陽の周りで讃歌を歌ってくれた。雲は光を通して彩雲となり見た事もないシーンを眼前に出してくれた。全ての光景にメッセージを伴って。

 そして39作の<大和彩輪>、48作の<瑠璃白光>が生まれ、遂に第59作の<降臨>が出現した。3つの写真は少し似ている。だが各々に描写された絵姿とエネルギー、発するメッセージは全く別の存在となっている。光溢れる希望の世界に進めと受け止めた。

 16年間眠らせておいた写真、今、登場の時を迎えた。