ときめきの(30-39)作
(額はイメージです)
【 み の り 】
天然悠久
10月22日 午前7時 信州旧塩尻峠
ここは信州塩尻の 峠の道の麦の穂が 朝陽を受けて輝いた。

輝く時は限られて 夜明直後の数分間 遙かな富士はシルエット。

もうすぐ山に冬が来る その少し前霜の朝 <みのり>の写真が出来ました。


無限宇宙の幾億の 中に生まれた太陽系 銀河の中の奇跡星 地球に生きて恵み有り 自然の摂理に感謝して ときめきの富士 ここにあり。

【湖 映 雪 姿】
湖面からいのちが立ち上がる
2月 河口湖大石浜より
 平地から裾野を伸ばした富士山が完全に見える河口湖は、富士北麓一帯の中では大人のリゾートの雰囲気で、人気のエリアになっている。

 富士山からほぼ真北に当る為、頂上からの日の出や日没も無い代わりに、常に陽光燦々とした富士山が迎えてくれる。河口湖と言えば逆さ富士、多くのホテルではそれが最大の売り物だ。

 ホテルによっては富士山が見えなければ、宿泊料金をお返ししますという触れ込みまで有る。実は河口湖は気流の分れ道に在り、気温も太平洋側より数度低いのも影響して、富士山が見える確率がとても多いのだ。

 冬の夜明の後は、湖面に波が立たないので逆さ富士が出来る。
私は夜明前に河口湖に着く度に、この浜で光の移ろいを観ていた。それはいのちの輝く時、画面の左から太陽が昇り、鏡の水面に山越しの光が伸びて、気温の差で湖面に水蒸気が沸き立つ。

 その時間はとても短く、右の端まで水蒸気が出る事はまず無い。でも心に明確なイメージが有れば必ずそのシーンに逢える。
毎回感性を研ぎ澄まして、ピンポイントの一瞬を求めてゆく。

 今朝、美しい逆さ富士が映っている時に水蒸気が右端まで出た。私の立っている目の前まで湯気が沸き立っている。光がキラキラと水面を躍る。

 やがて靄は消え湖にさざ波が立って、何事も無かった様に冬晴れの富士だけの光景になった。劇的な一瞬ではないが、光の演出の美しさが胸に残っている。

 1990年代頃まではこんなシーンもあった。今では水蒸気が左半分まで来ない。今年7月、洞爺湖環境サミットが開催される。
各国首脳と記者に限定で配布される日本紹介誌が先ほど完成した。「The National Park of Japn」。その巻頭は「湖映雪姿」。

【焼けの明王】
光背の如き炎の夕焼け
10月上旬 夕刻 富士吉田市より
 初冠雪の翌日、空が燃えた。夕陽が山の向こうに姿を隠してから急激に寒くなった。富士は微かに山肌の色を残し、空は未だ青味を残して薄雲が山に寄って来た時に、バーンと赤い炎が立ち上がった。

 出てきたのは龍かも知れない。空にまだ青色が残り、それをキャバスにして緋色の雲が炎になった。頂に雪が見える。次々と山の背後から雲が湧き流れてくる。

 まるで不動明王の光背の如くに焰が放射に伸びる。私の心にもむらむらと炎が燃えた。このシーンがクライマックスだった。

 手前は草の原っぱ。今はもうこの麓の景色は無い。辺り一帯はスーパーや量販店に変わった。いつかときめきの富士に入れようと思って、寝かしておいた荘厳の夕焼けの出番が来た。

【黄 金 の 海】
父母の文字
12月10日午前6時半 南アルプス山系 甘利山
 初冬の夜明前に富士山と対峙する南アルプス山系の林道で、指先まで凍えながら立っていた。

 季節に関係なく夜明直前はかなり凍えるが、足踏みをして息を吸い込んで、その息が体中を廻って足の指のつま先から息を吐き出すイメージを繰り返す。しばらくそれを続けると体が暖まってくる。

 天気の変わり目の夜中の雲の動きは目が離せない。今朝は朝陽が出る真際にやっとシルエットの富士の姿が見えた。それまで富士は姿を見せず真っ黒い雲は刻々と流れ、強風を顔に受けて私はひたすらその時を待っていた。

 やがて待ちに待ったその時が来た。
朝陽が雲海の上に顔を出た直後に、全ての雲海とその上の富士山まで完全な黄金の世界に変わった。空にマグマが沸き出して「動け、もっと動け!」と私に言っている。

 この後富士山は姿を隠した。その間僅か2秒足らず。超絶の世界が目の前に出現した。正に一期一会の<黄金の富士山>である。

 富士山は生きている。生きているから雲を呼ぶ。雲を呼ぶからシーンが変る。それを求めて逢いに行く。

 情景は意思とその目を持つ者の前にのみ出現する。感じる事が出来なかった人は情景の囁きを逃す。今朝は2つの得がたいシーンに出逢った。

 富士山を世界文化遺産にする為に、多くの人の息の長い活動が続けられてきた。2007年南アフリカで国際会議があった。その時の推薦資料にこの写真が使われた。

 ある時、お客様から伝えられた事がある。
「ロッキーさん、雲海の左側に<父母>の文字が浮かんでいるのを知っていましたか?」。

 小さい頃から空想少年で、野山で遊び本や音楽や様々な芸術に触れて、あり得ない夢をいっぱい膨らませて来たら、細胞がイメージの固まりになってしまった。

 大人に成ってからはそのイメージが現実の形になり、確実に目の前に現れるのをワクワク受けとめている。

「黄金の海」。人から人へと広がっている。間違いなく世界で最も知られる幸運の富士山としての道を歩んでいる。

【 早 暁 】
もうすぐ …… 夜明
10 月 未明 櫛形林道より
 空気が澄むと目の前に広がる世界も澄み切って清々しくなる。

 櫛形山林道は南アルプスの山系で、離れた高地から富士山が観える大好きな場所。ここの醍醐味は空の色だ。未明から夜明けの到来を告げる暁の頃、月の船が天空に浮かんでいた。

 生きとし生けるものの活発な一日の営みが終り、宵から夜に至り、深夜を経て、やがていのちは光と共に甦る。夜明の前が一番美しい。

 それはこれから顕われて来る万象万物のエネルギーが、光と共に浮かび上がって来る時。 吸い込まれる様なときめきの色が出た。

【飛来】
夏は雲が生き物に変わる
8月上旬 朝 梨が原
 山梨県の富士吉田市と山中湖村に跨がる陸上自衛隊北富士駐屯地演習場。1936年に開設され、敗戦により米軍が接収〜日本に返還〜自衛隊管理の演習場に使用転換という歴史を経て現在に至る。

 演習場だから戦車も大砲も使われて、毎日ドカンドカーンと砲撃の音が響く。ここでは毎週日曜日だけ演習が休みとなり、一般に開放されるから人々が集まってくる。

 富士山麓では数少なくなった人工物の無い裾野まで見える場所だから貴重だが、自衛隊演習場というのが常に心に引っかかる。
だが晴れた日の空は抜ける様に青い。

 赤富士と共に有名なのが朝の空に湧く雲。静岡県の小山町と山梨県の山中湖村の境には籠坂峠がある。気流がそこを境に変わるから劇的な雲が湧きやすい。小山町でガスっていても、籠坂峠を越えた途端に富士山が見える事が多く、その逆もある。

 早朝の赤富士の時を過ぎて1時間が経った。富士山は活火山の鉄色に戻って佇んでいる。この空の色は午前中の早い時間帯の特徴で、昼に近づくと共に向こう側の静岡県の駿河湾からの上昇気流に乗って、回り込んでくる雲が空を覆う様になる。

 この日、湧いた雲は翼をつけていた。大きく羽ばたく様に勢いよく富士の上空を通過して行く。顔は猛獣か、いやよく観ると雲の先端には天使の顔が出ている。その天使が息を吹き出す先には半月があった。何だかいろいろ象徴的だなあ。

【芝桜咲く頃】
麗しの田園
5月25日午前8時 富士吉田市農村公園
 美しき田園の姿がいつも心の中にある。五月晴れの陽光が朝から燦々と降り注ぐ日、水を張った田んぼに早苗が育つ頃、畦道に紅い可憐な花が咲く。そして田んぼの水には雪の富士山が映っている...。麗しき田園の風物詩である。

 ある年、全部が調和して作品になった。嬉しかった。
「カッコイイ!。田んぼの逆さ富士だ!」と叫んだ青年がいた。

 有難う。励みにするよ。湖の逆さ富士は早起きすれば見る事が出来るけれど、田んぼの逆さ富士は滅多に無いからね。もちろん花が咲く時季には必ず富士山に雪が写っているよ。
「ときめきの富士」と名付けたからには。

  先日、TBSラジオに出演して午前中一杯「ゆうゆうワイド」の中で富士山を語らせて頂く機会を得た。その時アナウンサーの大沢悠里さんが一番喜んでくれたのがこの「芝桜咲く頃」だった。

 この写真から数年経った今年の4月末には、もう芝桜が咲いていた。だが田んぼに未だ水は張っていない。早苗が育つ頃は芝桜が終わっているかも知れない。このままでは来年から芝桜は田植えの無い4月に咲くだろう。

 昔は6月の花だった。自然のリズムが変調を来している。
全て、人間が便利さと快適な生活を追求してきた裏返しである。

 山麓に住宅が増えてきた。その存在を小さくするには広角レンズを使えば良い。遠くの景色が小さくなる効果を利用するのである。あぜ道の幅より小さく写る様にすればば写真でも余り気にならない。ところがもっと強烈な事態が発生した。

 この写真の右1/3までを占める、コンクリートの巨大な市民病院が出来た。富士山の麓に住みたいという人は沢山いる。
病院も必要かも知れない。だがそのことだけに目がいくと自然が壊れる。

 それを物言わぬ 天候や草花が警告を出している。早く気付けと言っているのだ。人間の欲望や都合を優先すると、山麓に見える住宅群は数年以内に今より更に巨大になる。

 だからよっぽど深く考えないと自然なんて守れないんだよ。
目に焼きつけて、写真でしか残せないなんて寂しいじゃないか。
科学と経済と効率と権利行使で動いているかのような現代、自然の力で生かされている事を忘れちゃいけないと、芝桜を見る度に思う。

  早苗の田んぼに逆さ富士、風の匂いもやってくる。 
  咲いているのは芝桜、裾野を伸ばした富士見てる。

【宇宙大地…新緑】
命輝く自然の息吹
6月1日午前4時半 秩父山系 水ヶ森林道
 私は景色空間に立った時に、画面構成と色と最も際立つ時間帯を瞬時に知る。それは大気と調和する事で、自然の動きに自分の動きを合わせることだ。

 新緑の息吹は山に満ちていた。上から見ると濃い緑一色だが、谷の木々が風を受けて揺らいでいる。夜明けの瞬間は光と陰の対局にあり、コントラストは刻々と線から面へと放射状に強さを変えて行く。

 緑の濃淡だけで色を表現するのだ。そして広大さとと奥行きをも。その谷間を遥かな旭光が射す時に、天空に富士が見えて空に色がつかねばならない。

 一番強い光が廻るのは刹那の時、その時しか谷間は明るくならない!きっと1枚しかおさめることは出来ないであろう....。
私はそう感じて断崖絶壁の上に立っていた。

 その時が来た。一条の光が萌色のついた新緑の樺の木を照らした時、僅かだが谷間の緑が映えた。その時を確実に受け止めた。やはり1枚しか出来なかった。

 この道一筋で富士山に逢いに行っていると、時々山からご褒美を貰う。この朝ミヤマツツジが待っていてくれた。このアクセントで作品になった。

  富士五湖周辺にはこのような天然自然はもう無い。だから遥かな高い場所に向かう。安易な望遠レンズは使わない。雄大さと繊細さと天然の息吹を写し止めるには広角レンズで目に入る光景の全てを受け入れるしかない。

 私はこの朝、無限宇宙の中に融和している自分を感じていた。

【原 始 黎 明】
古来より人が見てきた夜明け
8月11日 午前7時40分 山伏峠
 山の端から朝日が顔を出すに連れて、山を覆っていた靄がざわめき出す。ここ山伏峠は静岡県と山梨県の県境近くの静岡県側に位置する厳しい峠だ。夏でも朝はかなりの冷え込みになる。空が燃える色に彩られる事が多い。

 第39作の「大和彩輪」と同じ日の朝である。初めての夜明を心に描いて前の晩に登った。山並みの続き、山梨県側には安倍峠がある。山伏峠と安倍峠のライン上に富士山が在るから太陽を見る角度は同じである。しかし大気の動きがまるで異なる。劇的な光景を求める時はここに限るのだ。

 やまとの民は古来から朝陽を拝んできた。自然への畏敬の念、光への崇敬の心、全身を包む夜明前の冷気(霊気)と朝日が顔を出した時の感謝。その時微かな風が起こり雲はざわめき立ち観る間に空が染まっていく。それは生活のリズムそのものだった。

 今、朝日を見た事のない子供が増えている。夏と冬では夜明けの時間は3.5時間の差がある。角度も異なる。それを子供は知らない。大人が教えなければ子供が自分から朝日を見る為に起きる筈がない。生活が飛躍的に便利になった事が人間の感性を退化させているのだ。

 全ては想像力の問題である。ぬくぬくと寝ている間にいのちを秘めた空が劇的に動いている事を見逃すのは勿体ない。宇宙の営み・自然の移ろいの中に学ぶべき全ての叡智が秘められている。

 いのちが輪になって燦然と輝き出す朝が来た。

【大 和 彩 輪】
やまとよ よみがえれ
8月中旬 午前7時半  静岡県山伏峠
 久し振りに写真を整理した。2004年の春のことである。
「そうだ。5年前にしまっておいたあの写真を観てみよう。今ならいいかもしれない!」

 5年間引き出しに入っていたこの写真は、新鮮な衝撃となって目に飛び込んできた。下半分の光っているものは熊笹である。
天空に輝く朝陽の逆光を受けて、まるで海面の小さな波がキラキラ光る様に写っている。

 中景にあるのは濃い山色をバックにした森だ。そして枯木が画面の中で添景となっている。山の向こうに富士が聳え、日輪は彩輪となって一帯を照らしている。

 あの時はまだこの写真に特別の感慨を覚えなかった。
自分の観る眼が出来ていなかったのか、役割を持った写真の登場すべき時期があるのか、或いはこの写真に役割があるのかさえも判断出来ず、とりあえずは見直したい時期が来る迄しまって(寝かせて)おく事にした。

 今、改めて観たら昔と違った見方が出てきた。これは今の日本を現している様に思えてならない。熊笹の海と山並と森は荒れきった日本と、かろうじて残る麗しの山河。

 大切なもの、営々と培われてきた “美しきやまとのくに” が壊れている。しかし、画面の上半分は希望である。陽は燦然と輝き「日本よ再び甦れ」と言っている様に思えた。写真を観ていたら自然に浮かんだのがこの題である。

 「大和彩輪・・・やまとさいりん。やまとのくによ 甦れ。
 言葉の響きは再臨である。

 ところで話は変るが、熊笹を研究している人達を知っている。
熊笹には極めて特異な効能があるらしい。今まで眠っていたものや、重用視されなかったものの中に、これまでの概念を変える宝物が隠されている。それらが順々に役割を持って世に出る時代を迎えていると思う。

 全て大和の国の自然の贈り物だ。