ときめきの(10-19)作
(額はイメージです)
【 雲 の 浮 島 】
荒海の上に
3月9日午前6時50分 静岡市清水区吉原
 天気予報では回復は午後からだった。しかし雨はきっと夜中に上がる! 私の体の中の予報官がそう言っていた。日本の天気は西から変わってゆく。天気予報は参考にはなるがそれを鵜呑みにはしない。

 体感では富士山周辺の天気の回復は半日ずれる。降り始めは半日遅れ、回復は半日早まる事の方が多い。それを100km離れた東京で読んでいる。360度の中のピンポイントにいつ駆けつけるかを考えている。

 雨が上がったのは、やはり夜明け前だった。そこから山上のドラマが始まった。隠れていた富士が姿を現すには風の力が必要だ。風が起きるのは太陽が顔を出す時、その時から温度変化が起こり気流が湧き始める。夜明けの到来と共に大気は風を呼び峰を覆っていた雲を数秒だけ払ってくれた。

 その時、厚く立ち込めた谷間の雲海が動き出した。峰が凛然と山並みの上に姿を現した時に雲海は荒波の姿になった。山々は波に洗われる島々の姿になった。雲海の上に頭を出した山のことを浮島と言う。

 山々はお茶畑である。南アルプスの外周にあたり、幽玄深山の趣を残すこの吉原地区は、高い絶壁に張り付く様に農家が在り、雲海の発生が有名な所である。

 この写真が出来て5年、今、見渡す山肌は裸になってしまった。第2東名高速道路をこの谷あいに通すために工事が進んでいる。私たちは便利な生活と引き替えに大切なものを失ってゆく。この写真を見る度にそう思う。

【 陽 ざ し 】
冬晴れの湖
1月18日 午前8時 山中湖平野浜
 この年は3回の寒波が襲来した。山麓に生活される方々には申し訳ないが、写真家としては待ちに待った出番なのである。それでも近年雪の量は減ってきている。

 数年前は湖の上に積もった厚い雪の上を車が走り回っていたし、もっと以前は厚い氷が更に膨張して御神渡りが出来た。
もう何年御神渡りを見ていないだろうか。冬の期間は短く温かくなってきている。この年は久し振りに本格的な冬だった。

  冬だから夜明けは7時前。その時の気温が-17℃。そしてかなりの時間が経ってやっと湖面の雪に光が射した。画面の左には里山が連なっている。太陽がその山の上から顔を出すまでに夜明けから1時間以上が必要なのだ。


 ようやく光が雪の壁に当たった。その間、気温は僅かだが上昇する。と言っても-10℃になる位だが。この湖は一番冷えが厳しい。耳が凍える。反面寒さで造形は極みに至る。雪氷と紺碧の空と眩しい雪の輝きだけで十分に作画出来る。

  山中湖の形は鯨である。鯨のしっぽの場所が平野浜。山中湖の一番奥にあり、富士山から離れる分、周りの情景を沢山取り込める。空が紺碧の色に染まっている時間も長い。
 
 さしずめ南極の氷床の上に、横綱が土俵入りをする姿で凛と出て来たようだ。

【黄 金 の 雲】
慶雲出現
8月28日 午前6時 安倍林道
 夜明けの瞬間に太陽と富士山と私が一直線になる高い山にいる。
それは一番強い光が空全体にクリアな色をつけるから。毎日刻々と変ってゆくその場所に立つ事をいつも考えている。

 太陽はあと4日後に富士山の頂上から出る。
光はほぼ一直線だ。峠で夜明けを迎えた。夜明け前、灰色の雲がまとわりついて富士山は見えなかった。灰色と黒の汚れた雲が動いたのは日昇による温度変化の風を受けた時だった。

 稜線の向こうの光が膨張した。
もうすぐ朝日が富士山の肩越しに顔を出す。勝負の時が来た。雲よ整え!。一番いい形になって富士の頭を見せよ!。

 願いつつその瞬間を待っていた。
少しづつ雲は頭の左右に広がり、更に上空に移動して繋がった。
その時遂に金色に輝いた。慶雲と言われる黄金の雲が富士山全体を覆う事は滅多に無い。私は今朝その情景の中に立つ事が出来た。

 強烈極まる逆光の中でフレーミングは固定した。
山と雲の全てを入れよう。輝きが最高潮に達した金の光と、輝く雲と、遙かな富士山、中景の微かな霧、手前の黒い山まで全部写し込め!

 富士山から遠いからこそ広角レンズを使う。それこそロッキー富士だ!。自然の摂理に感謝しながら撮って撮って撮りまくった。
その中で、頂上に神様が降り立った一瞬がこの写真である。

 情景は夜明けである。更に<山麓から遥かな富士山の色変りを見上げている想い>だ。夢に向かって行くぞ!。挫けないぞ!。
その思いに「大丈夫だよ!」と富士山が応えてくれた。いつも私に勇気を与えてくれる黄金の雲である。


=後日談=
 東日本大震災で津波の直撃を受けて工場が壊滅した「木の屋石巻水産」は「奇跡の缶詰」として知られる。鯨の缶詰でも有名な会社。数年を経て完全に復興された。

 新工場の玄関に大きな【黄金の雲】がかかっている。あの金の雲は空飛ぶ鯨だ。俺たちのシンボルだの思いがこもっている。


そこのエントランスにこの「黄金の雲」の最大の写真が飾られた。
「私たちは鯨と関わって生きて来た。この金の雲は真に鯨だ」と。

【 火 の 鳥 】
秋嵐の情熱
9月22日午後5時15分富士宮市
 台風が東海から関東で暴れ天気予報にヤキモキしていた。

「今日の4時頃には房総半島から太平洋に抜けるでしょう」。
このアナウンスだけを待っていた。東京を出発したのは3時半。
その時はまだ暴風雨のピークだった。30分後東名横浜IC通過。
台風で50km規制だ。雲の固まりが動いている。気持が焦る。

 大井松田を過ぎ雨は去り、最高速度は80kmまで可になった。
いつもなら夕焼けは山中湖方面から逆光で撮る。御殿場で降りようか、しかし雲は東に向かい西の空が明るくなった。しからば富士インターまで行って139号線を北上し東の空を見よう。

 午後5時、やっと雨は止んだ。富士宮の町を北上していた時に雲に光が入り色がつき始めた。

「やばい!町の中だ。撮る場所がない。」

 見晴らしの良い地点を探し脇道に車を停めた。この写真の下は住宅の屋根、停めた位置からはこの構図しか取れなかった。
間に合った。雲の動きが速いから三脚を立てる時間が惜しい。

 暴れ捲った雲が東に去ってゆく。富士の峰が輝いて西の空に青空が顔を出した。その時、夕日の残照を胸に浴びて火の鳥が天に舞い上がった。嵐の後の希望だ。ド迫力のエネルギーがみなぎっている。

 明日はもっと凄い空に会えそうだ。

【 黄 金 の 夜 明 】
秋の至宝
10月19日 午前5時15分 丸山林道
 秋の晴天が続くと空気が汚れてくる。
これを利用できないかと考えていた事があった。昨夜この林道に待機した。先週来た時にカラ松の色づきが早いと思ったから。


 平地の気温は12度、しかし秋の盛りとはいえ、標高1,800mのここまで登ると朝は零度に下がる。そして必ず富士が見える。

 予感が当った。
今朝、カラ松が最高潮に燃え平地から見えた汚れたモヤ雲の帯が、逆光の朝陽を透かして金の帯となり、神山を天空に浮かび上がらせたのだ。

 谷間全てがゴールドに染まる中、影になっていた手前の森に光が入った。光が山間に満ち溢れたのは約1分間、木々の頭に光が来たのは30秒ほどだった。

 空も谷もカラ松もそして富士も、全ての色が最高に整ったのは数秒ではなかったか? 何年も待っていた一瞬が来た。撮っている最中から、全ての色の出方がイメージできた 。

 目の前の視界の全てがゴールドになりエルドラド(黄金境)が出現した。出逢いであ る。移ろい行く時の流れの中で、富士山が私にだけ姿を見せてくれた至上の姿であった。

【魔法のランプ】
心を広げて 夢はいつも大きく
10 月 16 日 早朝 精進湖より
 峰の頂上に母船が停まった。回転している。無数の UFO が富士山目がけて空のあちこちから群がって来た。やがて形はアラジンの魔法のランプになった。朝陽は左の山裾の雲の中で空 を照らしている。

 富士山は生きている。山が雲を呼んだ。雲は意識体だ。銀河の形にも見える。銀河の中の太陽系、地球のへその富士山に雲が銀河となって現れた。そう、富士山は日本の灯台だ。日本は地球の灯台だ。地球は銀河の灯台だ。つまり富士山は宇宙の灯台なのだ。

 そう意識すると、人間の意識と営みは地球へ、そして宇宙へと繋がっているのが判る。心を広げて、小さなこだわりを捨てて、生かされている事への感謝の気持を持つと、色んな事が観えて来る。夢はその延長線上にあるのだと思う。それを富士山が教えてくれた。

 魔法のランプをこすると、中から大男が現れて夢を一つ叶えてくれるそうだ。絵葉書になったら特に人気が出てきた。

【 虹 の 翼 】
翔雲鳳来
11月17日 午後2時42分 山中湖村梨ケ原より
 朝から中空に雲が湧き、まさに湧いては走り、走っては湧いていた。その雲が固まり始めて富士山の上で渦を巻き始めた時に、私はレストランで遅い昼食を摂っていた。。窓から雄大な姿が観える。雲は少し回り始めている。

 いかん、ゆっくり食事はしていられない。飛び出した。車で走りながらある地点を目指していた。山中湖村の梨ヶ原地区は陸上自衛隊北富士駐屯地の管理地。その外周のR138沿いに小さな祠がある。そこから車1台だけ入って行ける草むらがある。
 
 刻々と太陽は頂上に近づいてゆく。晩秋から初冬にかけて午後の太陽は、低い空の位置を移動するから2時半〜3時頃には富士山の頂上を通過する。太陽はこの時間帯に梨ケ原で頂上を通る。
頂上に来るまでに待機せねばならない。

 そこに着いたのは2時38分だった。間にあった。
太陽と富士山私は太陽と頂と自分が一本の線で結ばれる、強烈な逆光の場所に立った。その場所しかないと決めた。

 大きくなった雲が渦を巻いている。
笠雲になって動き出した時確かに声が聞こえた。

 「おーい、今姿をみせるぞー!」。

 無意識に構図が決まり、眩い直射光の中でその姿が完全に観え対峙しながら撮り入れた。斜光の太陽が動くスピードは結構速いから手持ちで撮りまくった。

 雲がゆっくり形を変えている。 翼を広げて鳥が嶺を覆った。
長い首が出て来た。クチバシが出来て金の光が射した。翼に彩雲が来た。 その光が最高潮に達し虹色になった。

 白鳥だろうか、いや鳳凰だ。
メッセージを持って天空に出現した。 この写真の前に立ったまま動かず涙を流してくれた人もいた。私は見えない力と意識に動かされて、目の前に現れたものを撮っている気がしている。

 技術を超えて、時として心のイメージさえも超えて。その日その瞬間、私だけに出て来てくれたということがある。天恵だと思わずにはおれない。

【ブリリアント】
希望燦然
11月17日 午後2時44分 山中湖村梨ヶ原
 笠雲はまだ形を少しずつ変化させている。2分前の「虹の翼」の形は無くなり、極めて大きな円となって回転のスピードを上げた。広がっいる。天上で渦を巻いている。目では燦然たる太陽を追いながら、手は勝手に動いて撮り捲った。

 2時44分、太陽は完全に頂上に来た。その時だった。ドカーンと光の柱が胸に入った。完全逆光の太陽は八茫星になった。
雲の外周に彩雲が出た。何だろう、超巨大なUFOのようだ。

 真芯の日輪、巨大なUFO笠雲と彩雲。目を凝らすと峰の雪も写っている。 「日本一」の姿になった。

 この光と雲と富士山の形は感じた人に共鳴し、その姿を更に大きくして調和と結実に導いてくれる。ときめきの富士の写真家となって進み始めた1996年、その時から富士山が様々に姿を変えて励ましてくれた。

 挫けるな、前を向いて!
 大丈夫! 夢はきっと叶うよ!
 
 「お前に見せるこのシーンを早く人々に見せよ。広めよ」

と言われた理解している。目に見えた世界のその向こうにあるもの、それが「ときめきの富士」である。時としてそれはメッセージであり想像を超えた神秘の世界の出現である。

【 昇 陽 】
富士山と朝陽が一緒に在るのが真の御来光だよ。
10月中旬 午前5時40分 猪之頭林道にて
 柔らかい朝の光に逢いたくて林道を登った。
朝霧高原の外れに在るこの林道は、峠を越えると下部町に至る。
林道の中程に2カ所だけ展望の開けた場所が在る。そこから観る朝陽は今日2度目の夜明だ。

 最初は平地の本栖湖で昇る朝日を観て、その後ダッシュして20分位で林道まで辿り着く。稜線から昇る朝陽は雲をオレンジ色に染めて、陰になった山肌を深い紫に彩って行く。

 そして富士山麓では、日に3度の朝陽を観る事も出来る。次は平地に降りて頂上付近から出るのを待ち構えれば良い。最初に平地で見た時から1時間後に太陽は頂上にやって来る。

 昨夜初冠雪だった。太陽が完全に顔を出し切らない内に最高潮の光を受けとめる。真っ赤な朝焼けもいいが、空に伸びゆく雲に呼応するが如くの淡い朝焼けは心ときめく。

 ご来光を見るには富士登山せねばと考えている人も多い。それは想像力の問題だ。西側の朝霧高原方面なら、季節ごとに夜明けの時間が変わるのに合わせて、富士山と朝陽が共にある真のご来光を拝む事が出来る。登らなくてもいい。富士山に負担をかけずとも済む。

 富士山の写真家になって一番嬉しいのは夜明が身近な事、いつもそれが始まる前に、ピンポイントで最高の彩りを見せる場所に立てる様になった事だ。

「お山と御来光が一緒だ、これはいい!」。
デビューの時から評判になったこの【昇陽】は正に昇る朝陽の勢いで前にも増して沢山の人々の元に届き始めた。

【初夏の山里】
目に美しき花盛り
5月下旬 午前8時 富士吉田市 農村公園
 左右均等に裾野を伸ばし、頂上が水平になって美しい形を観られるのは富士北麓という地域。特に富士吉田〜河口湖から観る富士が、秀麗際立つ。

 或る年、このシーンが待っていた。誰が植えたかアヤメが咲いて、畦道の芝桜は今が満開のピンク。空は青く澄んで頂はしっかり雪を被る。

 これぞ理想的な富士山の写真の一枚だと言える。実は出逢える事自体が奇跡に近い。地球温暖化の影響か、毎年花の勢いが衰えている。

 自然の移り変わりと花の最高潮の時季を知り、天気を味方にし、幸運を重ねて初めてその前に立つ事が出来るが、これを撮った年以降はアヤメっを見なくなった。

 いつも実感する事がある。世に出して来たときめきの富士は、富士山と周りの景色が最高に調和していた頃の、最後の時季の写真。かってこんなに美しい富士山があった。それを撮り人々に知らせる事がミッションだと。

 出会えた事に感謝。ポストカードにしたらダントツに人気が出て、あちこちのお店ではよく品切れを起こす様になった。
特に外国からのお客様がよくお求めになる。

 初夏の山里。宝物。富士は日本一の山。